NITE and DAY.blog

遊び人クリエイターKaiのオシゴト。

アイディアを価値あるものにする方法

先日、「アイディアに価値はない」という記事を読みました。

アイディアに価値はない by 仲 暁子

意図的にタイトルには炎上マーケティング的な
表現手法を選んだのかなとも思いつつ、
言いたいことは理解できるけれども、
表現に語弊があるなというのが私の感想でした。

f:id:doubleM:20170313010425p:plain注※彼女に対して個人的な好き嫌いはありません。

概ね賛同

確かに彼女の言うように、
アイディアはアイディア「だけ」ではその価値を発揮しません。
机上の空論、絵に描いた餅、というように、
物事の価値と、は相手がそれを手にとって
触れられるようになって初めて認められるからです。


ですから、今後のサバイバーになるためには
モックくらいは作れるようにならないとね、
という考えには私も賛同いたします。

ただ、アイディアそのものが無価値であるような表現には
少し疑問を覚えるのです。

ここで私が主張したいのは

1. アイディアが無価値なわけではなく、アイディアが
「アイディア」のままにされていることが無価値だ
なので具現化しましょう

2. アイディアのない技術もまたアイディアがない故に無価値だ
なので思想設計しましょう

3. っていうか、具現化する作業ってむしろアイディアの集合体だよね?

という感じの内容です。

さて本題

1についてはまぁそこそこ本体で触れられているのでいいとして、
アイディアがアイディア「だけ」では
価値を認められないことを指摘するのであれば
「アイディア(つまり思想)」のない技術もまた
無価値であると同列に語られるべきだと思うのです。

特に、アプリの開発の現場では本来、
思想設計があって、情報設計があって、構造設計があって、
デザインがあって、それを動かすためのプログラムがある
というのが理想ですが、この基盤となる思想や情報の設計が
行われずに進むことがあまりにも多いのが現状です。

そこで、もっと根幹の、アイディアの部分、考え方の部分、
思想の部分にテコ入れをしましょう!
と言い始めたのが、昨今のイノベーションとか
ロジカルシンキングと呼ばれるものの正体だと私は思うのですね。
ここで行なう作業がすなわちアイディアを掘り下げる作業なわけです。

でもそもそも…

ただ、こういう話をする場合、そもそも何を指して
アイディアと呼ぶのか、
という言葉の定義が非常に重要になってきます。
アイディアって非常に曖昧な言葉ですよね。

例えば「名刺管理アプリ」というのもアイディアなら、
それをソーシャルなものにしようというのは
ディレクターのアイディアかもしれないですし
画面上でどう表現するかはデザイナーのアイディアによって作られます。
その他どう動かすか、どう記述するか、
どうマーケティングするかなどなど…。

これらは全部Exclusion、アウトプットの方法に関わる部分ですが
これらのうちのどの段階もアイディアと呼べるものだと思うんです。
ただ、先ほどと同様にこうしようああしよう
口で言っているのでは意味がなくて、
それを具体化する力はもちろん必要なんですけどね。

要するに

言いたい結論は変わらなくて、
発想力と技術、両方あって初めて活きるんだよ!ってことなんですが

けど、アイディアに価値はないんですよね。価値ゼロ。

という表現に違和感を覚えたので長々と書かせていただきました。

こうやって言ってくれたらよかったのに。
そのアイディアに価値はあるかもしれないけど、
アイディアが 「アイディア」のままである以上
価値を持てないので、具現化しましょう。

…ってここまで書いて思ったのが、よくあるダイヤの原石の話。
あの話に例えれば簡単なことだったかもしれません。

まとめ

磨くとダイヤになる石は、
原石のみでは価値がありません。
磨く技術があっても、原石がなければ技術にも意味がありません。
原石+磨く技術を使えばそれはダイヤモンドになります。

原石そのものに価値を見出して買う人はきっといるし
技術を見込んで雇う人もきっといると思う。
ただ、同じ買われるなら、ダイヤモンドの状態で売った方が
よっぽど利益になりますよね。

ってそんな感じの内容でした。
スッキリまとまって少し気分がいいです。
ではでは。